2008年03月13日

阿片戦争

アヘンの戦争です!

阿片戦争(アヘンせんそう、英:First Opium War, First Anglo-Chinese War)は清とイギリスとの間に1840年から2年間行われた戦争で、南京条約をもって終戦とした。名前の通り、アヘンの密輸入が原因となっておきた戦争である。

当時のイギリスでは喫茶の風習が上流階級の間で広がり、茶、陶磁器、絹を大量に清から輸入していた。逆に、イギリスから清へ輸出されるものは、時計や望遠鏡のような一部の富裕層向けの物品はあったものの、大量に輸出可能な製品が存在せず(清では、イギリスの主要輸出品だった綿織物への需要はほとんど無かった)、イギリスの大幅な輸入超過(1810?20年には2600万ドルの対清貿易赤字)であった。イギリスはアメリカ独立戦争の戦費調達や産業革命による資本蓄積のため、銀の国外流出を抑制する政策をとった。そのためイギリスは清へ輸出出来る物品として、植民地のインドで栽培させたアヘンを仕入れ、これを清に密輸出する事で超過分を相殺し、三角貿易を整えることとなった。

清では、既に1796年(嘉慶元年)にアヘンの輸入を禁止していた。禁止令は19世紀に入ってからも何度となく発せられたが、アヘンの密輸入は止まず、清国内にアヘン吸引の悪弊が広まっていき、健康を害する者が多くなり、風紀も退廃していった。また、アヘンの輸入量増加により、貿易収支が逆転し(1828?1836年に3600万ドルの対英貿易赤字)、清国内の銀保有量が激減し、銀の高騰を招いた。当時の清は銀本位制であり、銀貨と銅銭が使用されていた。交換比率は相場と連動しており、銀貨1両に対して銅銭1000文であったものが、銀の高騰により銀貨1両に対して銅銭2000文という比率になった。銀本位制であるから税金は銀で換算されるため、農民が納める税金は2倍になった計算である。銀が不足し値が上がる事は物価が下がる事と同義であり、地丁銀制が事実上崩壊し、経済にも深刻な影響を及ぼした。
(以上、ウィキペディアより引用)

恐い戦争ですね。。

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